環境制御システムでイチゴの収量、売上を拡大|須賀川市で「とちおとめ」と「ゆうやけベリー」を育てる小沢さんにインタビュー
福島県須賀川地域でイチゴ栽培に取り組む合同会社おざわ農園。
環境制御システムやCO₂施用、LED補光など“スマート農業”をフル活用する先駆的な取り組みが注目されています。
10アールあたりの収量は3.5トンから6トンへ。
売上は約3倍に伸びたというその裏側には、「数字を見て考える」環境制御と、データに基づくきめ細かな管理がありました。
今回は、小沢充博さん(おざわ農園)に導入の経緯から効果、現場での工夫、そしてこれからの展望について聞きました。

おざわ農園代表・小沢 充博さん
親元就農からイチゴ専業へ
震災を機に「イチゴ一本」に絞る決断
小沢さんが農業の道に進んだのは1990年。親元就農し、当初はキュウリや米などを組み合わせた複合経営を行っていました。
2000年頃からは、直売や小売りに重きを置いた販売スタイルへシフト。転機となったのは2011年。震災をきっかけにキュウリや米の栽培をやめ、「イチゴ専業」へ踏み切りました。
現在は「とちおとめ」と福島県オリジナル品種の「ゆうやけベリー」の2品種を中心に、苗づくりから直売まで一貫して手がけており、22棟のハウス(約60アール)で3万2000株ほどのいちごを栽培しています。

センサーとクラウドで“ハウスの今”を見える化
本格的にスマート農業に取り組み始めたのは約10年前。きっかけは、環境制御機器メーカーの勉強会でした。
まず導入したのが、ハウス内の環境を計測する測定装置。
気温・湿度・CO₂濃度などを24時間計測、クラウド上に蓄積し、ノートPCでグラフとして確認できるようにしました。
その後、環境制御システムと連携。
ハウスの温度や湿度、カーテン、暖房機、ミストなどを自動制御できるようになり、日の出・日の入りの時刻と植物の生育ステージに合わせた“時間帯別の細かい温度設定”を実現しています。
「この時間帯に何度まで上げる、そのために暖房機を何時から動かす─
そういう“裏のルール”を全部数字で組み立てられるのが環境制御の面白いところですね」
ハウス内の環境はスマホでも確認でき、遠隔操作も可能。
ハウスに行かなくても、換気窓やカーテンの開け閉め、CO₂施用量を変えるといった操作ができます。

スマートフォンから確認でき、遠隔操作も可能
CO₂施用とLED補光などで収量・売上の拡大へ
センサーと環境制御システムの導入によって、ハウス内のCO₂濃度の“見える化”が一気に進みました。
導入前は、朝方1,000〜1,500ppmまで上がっていたCO₂が、日中になると250ppm程度まで落ち込んでしまい、光合成がほとんど進まない時間帯が生まれていました。
そこで、CO₂施用装置を導入し、 換気の少ない時期はハウス内の株元に向けて、550〜800ppm程度を目標に安定してCO₂を供給する運用へ転換。
さらに、曇天の多い福島の冬を補うために高出力LEDも導入し、 日照不足の時期でも生育が落ち込まないように工夫しています。
その結果、収穫量も増え、1粒あたりのサイズアップにより単価も上昇。収穫量だけでなく品質も安定したそうです。
「収量が1.8倍なのに、売上は3倍。いいイチゴがたくさん取れることで、需要が高い時期にきちんと量を出せるようになったのが大きいですね」
クリスマスや2月の需要期にも安定して出荷できるようになり、「以前なら2月には採れなくなっていたイチゴが、今はしっかり採れる」と実感しているそうです。

高出力LEDを使用して、日照不足による生育の遅れを改善 ※撮影のために点灯
管理時間は減り、やるべき“宿題”が見えてくる
データが次の一手を教えてくれる
環境制御システムを導入してから、「管理の時間はかなり減った」と小沢さんは話します。
一度条件を設定すれば、「これから1カ月はこの状態で動いてね」とシステムに任せられるようになり、日々の開け閉めや微調整に追われる時間は減少。
その一方で、画面に表示されるグラフを見ていると、「明日はこうしてみよう」「3週間後までにこの状態に持っていきたい」といった“宿題”が自然と浮かび上がってくるようになったと言います。
積算温度から収穫ピークを予測したり、顕微鏡で花芽の状態を確認しながら「90日後の姿」をイメージするなど、データと観察を組み合わせた栽培設計が今のスタイルです。
人手不足も呼び込む“うれしいデメリット”
ハウスの性能が上がり、LEDやCO₂施用によって冬場の収量も増えたことで、「家族労働だけではとても回らない」状態に。
繁忙期には、パート・ダブルワークなどを含め最大8名が現場を支えます。
「たくさん採れるようになった分、人手はもっと欲しい。でも、それはいい意味での“デメリット”ですね。雇用ありきのシステムとも言えるのかもしれません」
スマート農業の技術は、単に省力化するだけでなく、 地域の雇用を生み出す力も持っていると感じているそうです。

導入コストと電気代の壁、それでも「3年で元が取れる」と感じた理由
高出力LEDや環境制御システムの導入には、決して小さくないイニシャルコストがかかります。
オランダから入ってきた初期のシステムは1,000万円クラスだったこともあり、当時は「海のものとも山のものとも分からない状態」で、補助事業を使っても失敗例も少なくなかったと言います。
「うまく活かせば3年で元が取れる感覚。
センサーで“足りないもの”が分かるから、次に打つ手も見えてくる」
と小沢さん。電気代は課題のひとつですが、波長の組み合わせや点灯時間のチューニングをメーカーと一緒に検討しながら、“生産性を落とさずに電気をどう削減するか”を模索している最中です。
これから目指すのは「収量予測」と「品質予測」
今後強化していきたいテーマとして挙げるのが、「収量予測」「品質予測」「燃料消費量の予測」といった「未来を見通すためのデータ活用」です。
タンクにセンサーを取り付けて燃料の残量や使用ペースを把握したり、クラウドで蓄積した栽培データをもとに、「この時期にはこれくらいの収量になる」「このタイミングで人員や箱をどれだけ用意すべきか」といった経営判断につなげたいと考えています。
実際、2月頃には受注から発送まで3週間ほどかかってしまうこともあり、そのリードタイムを事前にきちんと伝えられるようにすることも、今後の課題です。
「需要が集中する時期に、どれだけきちんとイチゴを出せるか。
技術を売上や顧客満足にどう結び付けるかが、次のステップですね」
また、将来的には、これらの技術や猛暑対策などを広域に展開していきたいと考えられているそうです。
「たくさんの人に満足してもらえるイチゴを。同じレベルのおいしいイチゴを作れる人を増やしていけたらいいですね」

これからスマート農業を始めたい人へ「技術は“人の温かさ”を支える裏方」
最後に、これからスマート農業に取り組もうとしている生産者へのメッセージを伺いました。
スマート農業やICTについて語るとき、小沢さんが何度も口にしたのが、「AIには変われない価値のある仕事をしていきたい」という言葉でした。
「どれだけ環境制御が進んでも、最後にお客さんを動かすのは、人と人とのつながりや、
足を運んで良かったと思ってもらえる体験だと考えています。スマート農業は、あくまで“底上げ”や“裏付け”の技術。
今できていることを支えて、これから作っていく商品に説得力を持たせてくれる存在です。」
